小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1695 シベリアで死んだ友人の父のこと してるふりの遺骨収集

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 正午、甲子園球場高校野球が中断し黙とうの放送が流れた15日、友人がフェースブックでシベリアに抑留されて命を落とした父親のことを書いている。父親がシベリアで亡くなったことは聞いていたが、旧満州時代のことは初めて知った。友人にとってもこの日は辛く悲しい1日なのだ。

《きょう8月15日は終戦記念日。この日を考えると毎年辛い。戦時中、東京の金属会社に勤めていた父親は召集され、中国東北部、今の黒竜江省平房(ピンファン)にあった日本軍の731部隊に従事し、戦後侵攻してきたソ連軍に拉致されシベリアの収容所で強制労働をさせられて病気になった末、餓死した。森村誠一氏の『悪魔の飽食』で知られる731部隊。生体実験に供された中国の人は何の罪もない農民が多かったと聞く。  

 731部隊とは別の日本軍の秘密組織が武器を持たない中国の農民を~コーリャン畑などで働いていた農民を~拉致して平房に送っていたらしい。無茶苦茶な話だ。その拉致には日本の一般家庭から供出させた犬も軍用犬として使われ、重要な役割をした。戦争の加担は思わぬ所にも及んでいた。中・大型犬を見ると、つい生体実験を連想してしまう。特にこの時期は。》  

 私は1984年6月、3週間にわたって初めて中国を訪れた。回ったのは北京、上海のほかは旧満州(東北部)地区が中心で大連、鞍山、瀋陽長春、チャムス、ハルビンなどで取材を続けた。この旅の途中、ハルビン近郊の平房にまで足を伸ばし、731部隊跡を見る機会があった。当時のメモには部隊跡の具体的説明とは別に、以下のように感想が記してあった。

「日本と中国の不幸な歴史を説明する建物や場所は中国各地にある。東北烈士記念館(抗日と解放戦争の犠牲になった英雄たちを記念した建物)に次いで出かけた平房地区のハルビン第5中学。今でこそ、教育の場として若い中国の子どもたちが勉強に励んでいるが(注、現在は学校ではなく、731部隊遺跡になっている。中国共産党は旧日本軍とのかかわりのある施設や場所を抗日愛国教育の拠点として公開している)、かつてここは細菌部隊として悪名をとどろかした731部隊(正式部隊名は「関東軍防疫給水部本部」で731部隊は秘匿名称。初代部隊長は石井四郎陸軍軍医中将で石井部隊とも呼ばれた)の本拠地で中国人や捕虜を実験の材料に、戦争に細菌を利用することを研究した部隊なのである。

 ここで何人の命が奪われたのか正確な数字はない。だが、中国側はこうした残虐行為を決して許さないだろうと思う。部隊跡を見ながら夏なのに鳥肌が立つ感覚がした。同行した編集委員室長は私以上に深刻な顔をしていて、帰りの車中で『きょうはこれまでの中国の旅で最も衝撃を受けたよ』と、つぶやいていた」  

 友人の父親がどんな作業に従事したかは分からない。だが、部隊の中でおぞましい行為が行われたことはもちろん承知していただろう。そして、シベリアでの苛烈な日々の末の餓死という事実に、戦争のむごさを感じるのである。私の父は1945年4月、フィリピン・クラーク地区の飛行場を巡る米軍との攻防で戦死した。私の父も友人の父も、家族のもとに遺骨は戻っていない。15日の全国戦没者追悼式。安倍首相は式辞の中で「いまだ帰還を果たしていない多くのご遺骨のことも脳裏から離れることはありません。1日も早くふるさとに戻られるよう、全力を尽くしてまいります」と述べた。だが、政府が遺骨収集に本腰をあげているという話は聞かない。    

 先月、西日本新聞(7月22日付朝刊)で「『してるふり』にご注意を」という、論説副委員長執筆のコラムを読んだ。「安倍首相は外交が得意」との評価に首をかしげた、辛辣な内容だ。その概要は「5年半を経過した安倍首相だが、既に十分な時間を与えられたにもかかわらず、最大の課題である拉致問題の解決は全く進んでいない。もう一つの大きな外交課題、北方領土問題もプーチンロシア大統領と20回も会談を重ねながら、解決の道筋は見えない。会社勤めを長くしていると『仕事をしているふりをするのがうまい人』がいるが、安倍首相もこれと同じで『外交で実績を上げているふり』がうまいだけではないのか、というのが失礼ながら私の仮説である」というものだ。全く同感である。戦没者追悼式でも外交と同様、多くの戦没者遺族を前に遺骨収集を「しているふり」をしたとしか思えないのである。  

 追記。フィリピンの遺骨収集をめぐって、日本人戦没者とは違うDNAの遺骨をかなり収集していたことが報道された。厚生労働省はこの事実を隠していた。これを見ても、政府が遺骨収集に全力をあげているとはとても思えない。8月は鎮魂の季節である。だが、安倍首相を含む歴代首相はゴルフに興じ、首相は連夜、高級料理店・レストラン通いを続けている。これが日本の現実なのだ。

 246 731部隊の闇 取材の深さを示した青木冨貴子の作品