小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1681「悪い年回り」にこそ 西日本豪雨災害に思う

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 物理学者で随筆家の寺田寅彦が「天災と国防」というエッセーを発表したのは1934(昭和9)年11月のことだった。この中で寅彦は「ことしになってからいろいろの天変地異が踝(くびす)を次いでわが国土を襲い、そうしておびただしい人命と財産を奪ったように見える」と書いている。

 この年は函館大火、室戸台風による近畿地方の風水害が発生し、甚大な被害が出た。あれから84年。関西地方の地震に続き、西日本豪雨という大きな自然災害が続き、寅彦の「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」(講談社学術文庫『天災と国防』より)という警告が胸に突き刺さるのだ。

 函館大火は1934年3月21日に発生した。最大瞬間風速39メートルという自然の猛威の中での火災は拡大し死者2166人、焼失家屋1万1105棟という甚大な被害が出た。それに続く9月21日の室戸台風では死者・行方不明3036人、住宅損壊 9万2740棟,浸水家屋 40万1157棟,船舶被害 2万7594隻に達し、昭和の災害史に大きく刻まれた。  

 ことしは6月18日の最大震度6弱大阪府北部地震(死者4人、負傷者434人、住家の全壊9棟・半壊87棟・一部破損2万7096棟)に続いて、今月5日から西日本一帯が未曾有の豪雨に見舞われた。これまでに死者168人、不明者70人以上、1万人以上が避難したほか、家屋倒壊などの被害は甚大になるとみられる。犠牲になった方々には掛ける言葉もない。  

 寅彦は随筆の中で「悪い年回りはむしろいつかは回って来るのが自然の鉄則であると覚悟を定めて、良い年回りの間に充分の用意をしておかなければならないということは、実に明白すぎるほど明白なことであるが、またこれほど万人がきれいに忘れがちなこともまれである。(中略)少なくも一国の為政の枢機に参与する人々だけは、この健忘症に対する診療を常々怠らないようにしてもらいたいと思う次第である」とも記している。寅彦の持論として伝えられる「災害は忘れたころにやってくる」という言葉に通じる内容だ。  

 今回の西日本豪雨では、政府の対応が後手後手になっているという声があると聞く。5日午後には気象庁が記録的大雨になると最大級の警戒を呼び掛け、西日本各地で河川の氾濫や土砂崩れなどの災害が出始めた。この夜、自民党は安倍首相も出席して赤坂の議員宿舎で議員懇親会を開き、岸田文雄政調会長竹下亘総務会長、小野寺五典防衛相、上川陽子法相、吉野正芳復興相ら40人超が酒を飲み交わした。その模様を写真入りで官房副長官ツイッターに自慢げに投稿したため、被災地のことを考えていないという批判を受けた。  

 政治家にとって鋭い時代感覚、未来に対する想像力は極めて大事な要素のはずだ。それが現代の政治家の多くに欠けているとしか思えない。そうした議員は政治家ではなく政治屋といっていい。2011年の東日本大震災から7年。あの震災で私たちは自然に対する畏怖の念を強く抱いたはずだ。そして、悪い年回りは必ずやってくる。そうした「天然の暴威」防御のためにも「健忘症」は厳重注意というよりレッドカードなのだ。自然を畏怖するという姿勢を維持し続けたい。