小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1670 虐待死と新幹線殺人 満席の『万引き家族』

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 東京都目黒区のアパートで船戸結愛ちゃんという5歳の女の子が虐待で死亡、継父と実母が逮捕されたのに続き、走行中の新幹線車内で22歳の男が乗客を刃物で襲い、女性客を守ろうとした男性が殺される事件が起きた。2つの事件とも家族の在り方が問われる深刻な背景があった。折から、現代の日本社会を風刺するような是枝裕和監督の映画『万引き家族』が先週から上映されている。

「ママ、もうパパとママにいわれなくてもしっかりと じぶんからきょうよりか もっともっとあしたはできるようにするから もうおねがいゆるしてゆるしてください おねがいします ほんとうにもうおなじことしません ゆるして」結愛ちゃんが残した練習帳には、ひらがなの哀切な文章が書かれていた。暗い部屋で朝4時に起きてこのような文字を書いた結愛ちゃんは、食事も満足に与えられず、虐待を受け続けた末に肺炎による敗血症で亡くなった。  

 新幹線で男女3人を襲い、男性を殺した愛知県一宮市出身で22歳の小島一朗容疑者は、両親との折り合いが悪く、中学時代から生活支援施設に入っている。定時制高校を卒業後、就職した会社は1年でやめ、叔父・祖母の家で生活し、祖母と養子縁組をしたが、昨年12月に家出し、長野県内などで野宿生活を送るなどして、今度の事件を起こした。犯行の動機について「むしゃくしゃしていたので、だれでもよかった」と述べているという。家族関係が複雑であることは各種の報道で明らかになっている。それが凶悪な事件を引き起こした要因の一つなのだろうか。

万引き家族』は、カンヌ映画祭で最高のパルムドールを受賞した作品で、映画館に行くと、チケット売り場は長い行列ができ、館内はほぼ満席だった。時折、映画を見るが、このような経験をしたことは最近ない。この映画が大きな注目を集めていることの現れなのだろう。  

 この映画は題名の通り、家族の物語である。日雇いの工事現場で働く治(リリー・フランキー)とクリーニング店で働く妻の信代(安藤サクラ)、息子の祥太(城桧吏)、治の母の初枝(樹木希林)、信代の妹・亜紀(松岡茉優)の5人家族は東京下町のぼろ屋に住み、祥太は小学生のはずだが、学校には行かず、亜紀はJK見学店という風俗店で働いている。

 生活が苦しい夫婦は初枝の年金を当てにし、足りない分は万引きで補う生活だったが、治と祥太は万引きの帰りに家から閉め出され、凍えている少女ゆり(佐々木みゆ)を連れ帰り、6人の生活となる。治の工事現場でのけが、初枝のクリーニング店での人員整理によって、困窮度が増していく中、終盤、祥太が万引きで捕まり家族の関係が明らかになる。ここではそれには触れないが、一家は実は他人同士が暮らす疑似家族だったのだ。  

 日本外国人特派員協会で会見した是枝監督は、撮影前に親から虐待された子どもが暮らす施設で出会った一人の少女が絵本の「スイミー」(レオ・レオニ作、真っ黒な小さな魚の物語)を読んでくれたエピソード明かした。監督らが施設で取材中、ランドセル姿で帰ってきたこの少女は「何の勉強をしているの」と聞くと、国語の教科書を取り出し、施設の職員が静止するのを聞かず、最後まで「スイミー」を読み、監督らが拍手をすると、嬉しそうに笑ったという。

 監督は「離れて暮らしている親に聞かせたいんじゃないかと思い、朗読しているこの子の顔が頭から離れず、すぐに脚本を書いた。この子に向かって(映画を)作ったのだと思う」と、映画を制作した狙いを説明した。  

 前述の2つの事件は日本社会に衝撃を与えた。一方で映画もまた、日本社会の一断面を描いていて、絵空事とは思えなかった。映画を見た人たちは、どんな思いで家路に向かったのだろう。結愛ちゃんのことを考えた人たちは少なくなかったのではないだろうか。