小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1607 イギリス現代史の断面 ジェフリー・アーチャー『クリフトン年代記』完結

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 ジェフリー・アーチャーはイギリスの政治家で作家である。彼のライフワークともいえる『クリフトン年代記』は、第7部「永遠に残るは」(新潮文庫、戸田裕之訳)で完結した。1920年に労働者の家に生まれたハリー・クリフトンの生涯を描いた大河小説で、文庫本にして全14冊という長編である。それはイギリスの現代史を読むようであり、掛け値なしに本を読む楽しみを与えてくれる「サガ」(saga、年代記)である。

 イギリスの作家と言えば、つい先日ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロが脚光を浴びているが、アーチャーと『大聖堂』のケン・フォレットも世界的ベストセラー作家として知られている。『クリフトン年代記』は日本では第1部の『時のみぞ知る』が2013年5月に出版されて以来、4年という年月をかけて第7部が発売された。

 主な登場人物は作家のハリーのほかに妻で実業家、のちに政治家になるエマ、エマの兄でハリーの親友の政治家ジャイルズ・バリントンらだが、7部ともなると登場人物も多彩だ。内容も政界、経済界、文学界と多岐にわたり、正邪の対決を軸にした「勧善超悪」の物語だ。私個人は、ソ連政府によって囚われの身になった作家と獄中で出会ったハリーが、作家が口述した作品を記憶して出版するというストーリーの第5部「剣より強し」が心に残った。  

 アーチャーの経歴を見ると、ロンドン市会議員を経て最年少の国会議員として庶民院(下院)議員に当選した。しかし、詐欺事件で全財産を失い下院議員を辞職する。この体験を元に書いたという処女作『『百万ドルをとり返せ!』がベストセラーとなって債務を返済し、その後政界に復帰した。アーチャーは保守党の候補としてロンドン市長を目指すが、コールガールスキャンダルを書きたてられて、その裁判の偽証罪実刑判決を受けて服役、その体験記『獄中記』を書いている。現在は終身制の貴族院(上院)議員を務めている。

『クリフトン年代記』は、作者自身の経歴が示すように、イギリスの政治制度についても詳しく紹介され、多くの悪人が登場する。中でもヴァージニアという美貌の女性の存在は重要だ。金のために人をだまそうとするアイデアを考え、次々と行動に移す。ヴァージニアはこの物語の引立役であり、その醜悪さ、悪賢さは尋常ではない。彼女を含め悪人たちは滅びて行くのだが、そうでない人物まで死なせてしまうアーチャーの割り切りぶりには驚く。

 人生には様々な最終章がある。最愛の妻エマの死後、病魔に侵されたハリーの最終章は、アーチャーらしい潔さで貫かれている。

1606 人の心を打つ言葉 カズオ・イシグロの幼い経験