小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1478 戦争写真『硫黄島の星条旗』の謎 太平洋戦争とは何だったのか

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 太平洋戦争をとらえた写真の中で、米国ではAP通信カメラマンの「硫黄島星条旗」が傑作として名高い。激戦地の摺鉢山山頂に米国旗・星条旗を掲げる6人の米兵たちの姿を撮影した写真である。この写真をめぐって、1人の兵士がこれまで言われてきた兵士と別人の可能性があり、海兵隊が調査を進めているというニュースが流れている。

 真偽は不明だが、謎は解き明かされるのだろうか。 別人ではないかと疑われているのは、6人のうち前列右から2人目に写っている衛生兵だったジョン・ブラッドリー氏だ。息子のジェイムズ・ブラッドリーとピューリツアー賞作家ロン・パワーズの共著『硫黄島星条旗』(文春文庫)には写真撮影の経緯が詳しく描かれている。

 港がよく見える摺鉢山は重要な戦略拠点で、日米両軍の激しい攻防の末、米軍の手に落ちる。米軍側は1945年2月23日午前、山頂への偵察隊を出し、午前10時20分、頂上に達した偵察隊は星条旗を立て、写真担当のルイス・ロワリー軍曹が6人の兵士による米国旗掲揚の模様を撮影する。一方、AP通信カメラマンのジョ・ローゼンソールは、他の2人の写真担当の海兵隊員とともに山頂を目指す途中、ロワリーらに会い、国旗掲揚の写真は撮影済みだと知らされる。

 それでも山頂へ登ってみると、上官の指示で最初の旗を降ろし、遠くからも見えるようもっと大きな別の旗を掲揚しようとする別の6人の兵士がいた。ローゼンソールらはその光景を撮影することにし、彼は山腹から少し下がった旗の真下に行き、カメラを構え4秒間シャッターを押し続けた。この後、6人のほか他の海兵隊員14人も加わった兵士らが国旗の下で笑顔を見せる集団写真も撮影した。彼自身はこちらの方がいい写真だと思ったという。 フィルムは飛行機でグアムに運ばれ、AP通信のフォト編集者は星条旗を立てる写真に感激しニューヨーク本社に電送する。

 こうして米国中の新聞社などニュース編集部門に配信され、2月25日(日曜日)の朝刊各紙一面を飾り、人々を熱狂させ、歴史的戦争写真として位置付けられる。6人の兵士は後ろ向きで顔は分からない。しかし6人はその後、英雄として新聞に名前が取り上げられる。3人は硫黄島の戦いで戦死するが、生き残ったジョン・ブラッドリー氏ら3人は戦時国債募集ツアーに狩り出されるほどの有名人になる。ローゼンソールも1945年、ピューリツアー賞を受賞する。本来なら二番煎じの写真なのに軍が撮影したものより早く配信され、しかもアングルがよかったため、戦争を鼓舞する写真として脚光を浴びたのだ。  

 今回のニュースによれば、彼に関して歴史家愛好家が別の写真のジョン・ブラッドリー氏の服装(衛生下士官で弾薬帯を付けていない。一方星条旗の写真では付けている)から見て、別人の可能性が高いと指摘し、海兵隊も調査を始めたというのである。ではなぜ本人、あるいは他の2人は生きているうちに何も言わなかったのだろう。 1994年に死去したジョン・ブラッドリー氏は生前、戦争のことには黙して語らなかったという。唯一、女性ジャーナリストの取材に応じ、星条旗を立てることに参加した時の事情を語っている。

《現場に行くと、彼らはちょうどポールに旗をとりつけて、掲揚しようとしていました。わたしはただ、ほかの誰もがやったであろうことをしたまでのことです。ただ、彼らに手を貸したのです。戦闘中にはそうするものです。誰でも、手がいる者に協力します。彼らに手助けを求められたわけではなりません。ただ、飛んでいって、手を貸したのです。》(同書)

 AP通信のニュース活動を振り返った『ブレーキングニュース AP通信社 報道の歴史日本語版』(新聞通信調査会)は、この戦争写真についても取り上げている。

 撮影の経緯のあと「しかし、論争もあった。写真はインチキだ、ポーズ写真だ、最初の星条旗掲揚の写真ではないなどといわれた。『ポーズ写真だ』という非難はその画像に付きまとい、ローゼンソールを悩ませた」と記している。 硫黄島の戦いが終わって72年が過ぎた。この間、硫黄島の激闘は映画や本で紹介されている。そして、硫黄島の戦いで日米双方に甚大な犠牲が出た歴史は変らない。写真の被写体問題をきっかけに、私の父も戦死した太平洋戦争とは何だったのかをあらためて考えてみたい。いずれにしろ、この時代に回帰してはならないと思う。

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写真 1、APのローゼンソール撮影「硫黄島星条旗」(APブレーキングニュースより) 2、山に飾られた鯉のぼり。平和な時代を守り続けたい にほんブログ村 ニュースブログ ニュース批評へ
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