小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1440 人間の心を蝕む覚せい剤 元プロ野球スター選手・清原の逮捕

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 プロ野球で活躍した・清原和博(48)が覚せい剤取締法違反容疑で警視庁に逮捕された。覚せい剤をはじめとする禁止薬物が日本社会にはびこっていることを象徴したものだ。2009年8月、人気女優が覚せい剤事件で逮捕された。この時、私は覚せい剤についての一本のコラムを書いた。以下に再掲する。

《女優のAが覚せい剤を使ったとして逮捕された。彼女の前に逮捕された夫から勧められて、手を出したと供述していると報道されている。そろいもそろって、思慮分別をなくした夫婦としか言いようがない。覚せい剤の恐ろしさだけでなく、彼女は覚せい剤に手を出したことによって、身の破滅を招いてしまった。さらに多くの人たちに迷惑をかけ、社会にどれほどの悪影響を及ぼすかを考えることができなかったとしたら、社会人失格だ。

 薬物依存症者のリハビリに取り組んでいる「ダルク」という団体がある。日本で初めてダルク(現在の東京ダルク)を1985年に開設したのが近藤恒夫・日本ダルク代表・NPOアパリ理事長だ。近藤さんはあるインタビューで「22年間ダルクを運営してきたが、薬物依存からの回復率は決して高くない。これまでも10人中7人はリハビリ途中で死んだり、刑務所に戻っちゃったりしている」と述べている。

 薬物依存になると、回復するのは困難であるということなのだ。 近藤さんのダルク設立までの半生は、平坦なものではなかった。30歳ころに覚せい剤に手を出して以来、クスリに溺れ、37歳の時には精神病院に入る。それでも覚せい剤と縁が切れずに39歳で逮捕され半年の拘留の末、執行猶予付きの有罪判決を受ける。その後、アルコール依存症者の回復施設の職員を経験し、ダルクを立ち上げたのだ。

 近藤さんは、薬物依存の人たちの回復だけでなく、この人たちの回復後の社会復帰の支援にも取り組んでいる。 ダルクの団体の一つ「NPO川崎ダルク支援会」を訪ねたことがある。当時、ここでは2つの施設で12人が回復訓練のために一緒に生活し、社会復帰を目指していた。

 同支援会でこうした人たちの支援活動をしている1人も、近藤さんと同じように、以前は薬物常用者だった。学生時代に麻薬に手を出し、回復まで10年を要した。その苦しみは並大抵ではなかったと彼は話してくれた。さらに彼は「入所者は、心身ともぼろぼろになってしまったことが唯一のつながりなのです」と語った。

「みんな社会復帰をしたい希望が強い」ともいうが、それが簡単ではないことは近藤さんの話でも明らかだ。 最近、大麻覚せい剤が大学生や若者の間に広まっている。覚せい剤を使った学校教師が懲戒免職になったという新聞報道もあった。政府の第3次薬物乱用防止5ヵ年戦略の資料によると、2007年の覚せい剤、麻薬、向精神薬、アヘン、大麻事件での検挙者は1万5175人。このうち覚せい剤関係の検挙者が8割を占めている。さらに、一度逮捕されながら再びこうした薬物に依存するケースが55%に達しており、2人に1人は再犯へと走ってしまうことが数字でも裏付けられている。

 人気絶頂の時に女性の下着盗撮事件を起こし、1年後覚せい剤所持事件などで再び逮捕された元タレントは、覚せい剤事件の逮捕(執行猶予付きの有罪)から3年後に再び覚せい剤を所持していたのが見つかり、懲役3年半の刑務所生活を送った。出所後、クスリには2度と手を出さないと、薬物に依存してしまった過去を振り返る本を出版、更生の道を歩んでいる。

 彼の例を見るまでもなく「転落者」というレッテルが張られたA のこれからの人生は、険しいものになるだろう。近藤さんは、覚せい剤中毒から抜け出すには米国人のロイさんという神父と知り合ったことが大きな支えになったと語っている。

「世の中は自分だけでは乗り越えることができないことがいっぱいある。自分は無力なんだということを認めることが再起の第一歩だ」という近藤さんの声をAに届けたいと思う。

 かつて、英国と清(現在の中国)との間で、アヘンの密輸に絡んで「アヘン戦争」が起きた。植民地インドから麻薬の密輸を清に認めさせようとする英国の開戦理由に対し国内でも「恥知らずだ」という声もあったという。それを押し切って英国は開戦に踏み切った。麻薬はいつの時代でも、人間の心を蝕むものなのだろうか。(2009年8月)》

 追記  Aのあとにも人気絶頂にあった男性歌手が逮捕され、再起できないでいる。元タレントも何度も逮捕され、社会復帰の困難さを示している。プロ野球界では、清原以前に、元大投手がこの覚せい剤に手を出し、服役後に更生した。西武時代の清原は、すがすがしい雰囲気を持っていた。その後の変貌は目を疑うばかりだった。それでも彼の更生・社会復帰を多くの人たちが望んでいる。

 写真 カワセミは何を考えているのか。孤高の精神を感じ取る。