小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1437 輝いた琴奨菊 相撲人生の満開はこれから

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 根拠は不明だが、相撲は国技といわれる。にもかかわらず、大相撲はこの10年にわたって日本出身力士の優勝はなく、国技は名ばかりになっていた。白鵬をはじめとするモンゴル出身力士が角界を支えているといっても過言ではない時代が続いている。そんな中で、予想外(解説者・北の富士)の活躍をし、優勝したのは大関琴奨菊だった。人間には隠れた能力があることを琴奨菊は実証したといえる。

  琴奨菊の出身は福岡県柳川市だ。柳川といえば、詩人の北原白秋の出身地でも知られている。白秋の詩に『薔薇二(2)曲』がある。

  一(1)

 薔薇ノ木ニ

 薔薇ノ花サク。

  ナニゴトノ不思議ナケレド。

  二(2)

 薔薇ノ花。

 ナニゴトノ不思議ナケレド。

  照リ極マレバ木ヨリコボルル。 

 光リコボルル。

(「白金之独楽」より)

 《バラの木に花が咲いた。何の不思議でもない。 バラの花は、何の不思議もない花だけれど。 満開になれば、枝から(花が)落ちてしまう。 同時に光があふれるようだ。》

  琴奨菊の千秋楽はまさにバラの花が咲いたような印象を受けた。だが、それは「何の不思議でもない」というわけにはいかなかった。けがに泣き、苦しみ続けた末の優勝であり、「意外」や「予想外」という言葉が当てはまるほどの結末だった。満開になって花が散ってしまうというこの詩と違うのは、琴奨菊の相撲人生での満開はこれからということだろう。

  琴奨菊贈る言葉を探した。こんな言葉はどうだろう。忍耐の末に優勝した喜びは、たぶん彼の人生ではそうはないはずだ。

 《ながい間の忍耐にみちた研究のあとで、心に照明をあたえてくれるような結論がとつぜん生まれたときに匹敵するような喜びは、人生にそうたくさんあるものではない。》(クロポトキン『ある革命家の手記』より)

  追記 これまで10年間、角界を支えてきたのは最多優勝(35回)を誇る白鵬だ。だが、初場所終盤の白鵬の無気力な負け方は気になる。白鵬に何があったのだろう。(春場所で優勝したのだから、奮起したのだろう)

  春場所。優勝すれば横綱昇進と期待された琴奨菊は場所前のうかれぶりが災いし、8勝7敗と以前の彼に戻ってしまった。