小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1428 「人生最高の日」は 沖縄の得難い体験の共有

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 寒い季節になると、思うのは南の暖かな地域のことだ。中でも沖縄のことが気になる。沖縄といえば、奄美大島から沖縄に移り住んで16年になる知人がとてもいい話を教えてくれた。それは沖縄の人たちの心根の優しさを示す、文字通り心温まる話である。

 知人は、夫に数年に一度、同じ質問をするという。それは「人生で最高の日はいつだった?」である。それに対する答えはいつも「あの日だよ」。この答えを聞いて、知人は安心するというのだ。 それは16年前に遡る。

 知人夫婦は沖縄移住のため奄美大島、名瀬港からフェリーに乗り、本部港にやってきた。途中で3つの港に寄港し、12時間を要する長い船の旅だった。愛車のダイハツミラで夫妻の新しい住まいの古民家に着くと土間のコンクリートの補修をしていた大家さん夫婦が2人を出迎え、開口一番「お帰りなさい!」と声を掛けてくれたのだ。

 知人夫婦とは一度しか会っていないにもかかわらず、大家さん夫婦は満面の笑みを見せていた。知人はそれに応え「ただいま!」と言った。それは大家さんへの言葉であると同時に、沖縄という土地にかけた言葉でもあったという。

「お帰りなさい!」「ただいま!」というやりとりは、新しいコミュニケーションのスタートであり、この日以降、知人夫婦は沖縄という土地に根付いていったのだろう。 私は沖縄に住んだことはない。だが、このやりとりから沖縄の人々の人間性を感じ取る。

 武光誠は『県民性の日本地図』(文春文庫)という本で、沖縄の県民性を「陽気でおおらか」と指摘している。同書によると、沖縄とは対極にある北海道も「陽気で人なつっこく進歩的」なのだそうだ。「陽気」という点で共通項があり、初めての人も受け入れてくれる土壌なのだ。

 前回のブログで紹介した北海道に移住して6年になる知人も、北海道の人たちの優しさに接したに違いない。 それにしても、私にとって「人生最高の日」は、いつだったのだろう。忘却した事柄が多くて、すぐには言葉が浮かばない。夫婦で「あの日だ」と言える知人はうらやましい。

 宮里千里著『沖縄時間がゆったり流れる島』(光文社新書)によれば、沖縄の久高島では、赤ちゃんが生まれると、根神(ニーガン)という神職が神へお祈りをささげる。「人の生きざまは、高すぎてもよくありません。低すぎてもよくありません。どうか、この子を中程の人生でもって成功させてくださいますようお願い致します」という祈りだ。

 宮里はこの祈りを「上でもない下でもない、真ん中あたりというより突出しすぎず、あまり下すぎないような人間に育ってほしい」という中庸意識だと解説し、沖縄には幼子だけでなく年寄りも住みやすいという精神的バリアフリーがあり、それが移住者を受け入れる文化なのだと指摘している。そうか、知人はそうした精神的バリアフリーの中で生活しているのだと思う。

 写真 高度1万メートル以上の機内から見た夕暮れの光景