小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1424 「詩とは何か」 詩論『詩のオデュッセイア―』が最終回

画像 詩人・コラムニストの高橋郁男さんが詩誌「コールサック」(コールサック社、年4回発行)で連載していた詩論『詩のオデュッセイア―』が、近刊の84号(2015年12月)で最終回(9回)を迎えた。人類の歴史とともに編まれてきた数多くの詩を、寸感を添えて紹介してきた連載の最終回は、「詩とは何かについて」考察したものだ。

 「人生は一行のボオドレエルにも若か(し)ない」という芥川龍之介の言葉から始まった詩論には、「ギルガメシュからディランまで、時に磨かれた古今東西の詩句・4千年の旅」という副題の通り、古代メソポタミアの王、ギルガメシュ伝説を描いたギルガメシュ叙事詩(最古の写本は紀元前2000年ごろとみられる)から現代人である米国のミュージシャン、ボブ・ディランの『風に吹かれて』まで、おびただしい内外の詩・詩人が登場する。

  そのうえで、高橋さんは改めて詩とは何かを最終章として書いている。高橋さんが思い巡らせた言葉は次のようなものである。(一部略)

 

 ・詩は、万物の有様を言葉によって映し出す「鏡」である。

 ・詩は、各の魂の故郷への限りない「ダイビング」である。

 ・詩は、各の、内と外に向けた「手旗信号」である。

 ・詩は、悠久の時と無窮の空との間に翻る「旗」である。

 ・詩は、遥か彼方に超高速で静止する「天体」である。

 ・詩は、波に意味を洗われた言葉が打ち寄せる「渚」である。

 ・詩は、現実の世界に立ち現れた「波乱」である。

 ・詩は、現実との擦れ合いで生まれた「熱」である。

 ・詩は、「時の旅人」が歩を休める一脚の「椅子」である。

 ・詩は、「斜塔」である。現実の方が傾いているので、詩が傾いて見える。現実の方が傾ききった戦時や革命、天変地異、甚大災害に際しては、詩作の多くは緩み、スローガン化する。

 ・詩は、移ろいの兆しを知らせる「カナリア」である。

 ・詩は、「鐘」であり、詩人は鐘を撞く人である。

 ・詩は、注がれたビールの「泡」である。そればかりでも、それ無しでも、満たされない。

 ・詩は、「おお」と「よ!」と「ような」の王国である。

・詩は、これまでに一度も借り出されなかった本である。

・詩は、発見する。そこに在るのに、見えていないものを、言葉にする。そこに在るのに、感じていないものを、言葉にする。

 ・詩は、時代を映し、時代を照らし、時には、時代を撃ち、貫き、超える。

 ・詩は、時には、時を止め、時は人を攫う。

 ・詩は、言葉の「礫」であり、「呟き」であり、時には、煽る「武器」にもなる。

 ・詩は、時には、人の生の深奥までも映し出す。詩よりも現実の方が詩的、という現実も、ままある。

 ・詩は、時には、権力や体制、権威、常識等に対して人間が示した抵抗、反骨、反俗、反逆や勇気の「記憶」となる。(後略)

 

 多角的、重層的で含蓄に富んだ詩に対する見方といえる。

  このあと内外の詩人や文学者の詩論に触れ、最後に1996年にノーベル文学賞を受賞したポーランドの詩人、ヴィスワヴァ・シンボルスカの詩を取り上げている。

 

 詩が好きといっても―

 詩とはいったい何だろう

 その問いに対して出されてきた

 答えはもう一つや二つではない

 でもわたしは分からないし、

 分からないということにつかまっている

 分からないということが命綱であるかのように(沼野充義訳、『終わりと始まり¬』、未知谷)

  以下は、シンボルスカの詩に続く、高橋さんの文章。

 「詩とは?」への旅が、ようやくここで「命綱」にまで辿り着いたのか、あるいは振り出しに戻っただけなのか。判然とはしないが、「分からないという命綱」は、率直で力強い、頼れる一本の杖のように思われる。尤も、彼女が書き記した「分からない」という文言の本当の意味までは、他人には計り知れない。「詩とは?」は、その問いの意味を極めるための永遠の疑問符なのかもしれない。

  たまたま最近、9人の同人による『薇』という詩誌13号が届いた。主宰者だった知人は死去したが、詩を愛する同人たちが詩誌の発行を継続、さまざまな詩を載せている。秋山公哉さんの編集後記には「詩の書き方が分からない」という言葉も出てくる。『薇』の詩人たちも、シンボルスカ同様、詩とは何かを考え続けているのだろう。

 

1102 書き記す者の務め 高橋郁男著「渚と修羅」を読む

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