小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1409 自然界の驚異を知る大村さんの受賞 受け継がれるヒポクラテスの精神

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 山形の知人から、きのこの季節を知らせる便りが届いた。写真を見ると、里山のこの秋は大豊作のようだ。きのこには人間が食べることができるものと、食べると最悪命を失う毒を持ったものがある。長い歴史を経てその見分けができるようになったのだから、人間の知恵と同時に自然界の奥の深さを感じる。ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった北里大特別栄誉教授大村智さん(80)の研究も、自然の驚異を思わせるものだ。

 大村さんの業績は詳しく新聞などで報じられているので、ここでは簡単に書く。 有機化学者である大村さんは常時小さなビニール袋を持ち歩き、あちこちの土を採取し、研究室で分析を続けた。たまたま静岡県伊東市川奈のゴルフ場の土を採取し、分析を続けたところ家畜動物の寄生虫駆除に効果を発揮する物質を発見した。

 この微生物は、大村さんの協力製薬メーカー、メルク社(アメリカ)によって動物の寄生虫やアフリカ、中南米など熱帯地方にまん延する寄生虫病・河川盲目症(オンコセルカ症)に劇的な効果を発揮する「イベルメクチン」の開発につながる。

 河川盲目症は熱帯地方で1億人が感染の危機にさらされ、感染すると耐えられないかゆみがあり、患者の2割は重症化して失明する恐れがある病気だ。イベルメクチンによって、アフリカではおびただしい人が失明から救われ、この薬はリンパ系フィラリア症にも効果があるという。

 河川盲目症は2020年までに撲滅される見通しといわれ、大村さんと同時受賞の米ドリュー大名誉研究フェローのウィリアム・キャンベル氏は、熱帯地方の人々に大きな恩恵をもたらしたといえる。

 それにしても、たまたま採取した土に潜んでいた物質が遠い熱帯地方の人々を救うことになるのだから、研究には熱意が重要であることを思い知った。 医学の父といわれる古代ギリシャの医者、ヒポクラテス(紀元前460ごろ~前375年ごろ)は、「人生は短く、術(医学で身につけること)の道は長い」という言葉を残した。

 いろいろな解釈があるが、私は研究の継続の大事さを説いたものだと受け止めている。そのヒポクラテスの精神は、大村さんらにも受け継がれていると思った。 大村さんと熱帯地方の病気―と聞いて、黄熱病の研究途中にこの病気で死んだ細菌学者、野口英世のことを思い出した。

 野口の研究は本人の死によって挫折したあと、南アフリカ微生物学者、マックス・タイラーが黄熱病の原因は蚊が媒介するウィルスであることを突き止め、ワクチンを開発した。この功績でタイラーは1951年にノーベル医学生理学賞を受賞した。

 野口の研究は黄熱病細菌説など、否定されているものも少なくない。野口の生涯を描いた『遠き落日』(角川書店)で、作者の渡辺淳一は野口について「研究の後半、彼がチャレンジしたのは、いずれもウィルス疾患という難物であり、病原体の検索が細菌からウィリスに移る過渡期に巡り会わせた悲劇の学者ということでもある」(同書あとがき)と書いている。

 渡辺はこのあと、「それにしても、自然科学の評価はなんと厳しいものであろうか。科学技術の進歩や発見によって、過去の業績の正否は数十年を経ず、すべて白日の下にさらされる。これに較べれば、政治、社会、経済等、人文科学の分野における論文の誤りへの批判はきわめて甘い。結果が明確に出る、出ないの差があるとはいえ、自然科学の厳しさを改めて思い知らされる」と、指摘している。

 3回もノーベル賞の候補になった野口は批判にさらされ、失意の中で死んだ。それが自然科学の厳しさなのだろう。 ヒポクラテスの「術の道は長い」という言葉は、研究の継続の大事さを説いたものだと既に書いたが、同時に自然科学研究者に対する叱咤激励のメッセージと考えることもできる。

 大村さんはその叱咤に対し、見事に応えたのである。 追記 ノーベル物理学賞になぞの素粒子ニュートリノに質量があることを実証した東大宇宙線研究所教授の梶田隆章さん(56)が選ばれた。2日続きの快挙といっていい。

 以前、梶田さんの恩師である戸塚洋二さんと小柴昌俊さんについてブログで書いたことがある。それを再掲する。

297 戸塚洋二さんの死 開花した才能の陰に人生の出会い

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写真 1、山形の里山のキノコの風景(なめこ) 2、大村さんと梶田さんを待つストックホルムの街 3、、4、ノーベル賞授賞式会場のストックホルム市庁舎の外観と室内

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