小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1374 映画「愛を積むひと」 美瑛を舞台にした大人のメルヘン

画像 定年になったら田舎暮らしをする―。そんな夢を実現している人たちは少なくないだろう。私の知り合いにも何人かいる。映画『愛を積むひと』は妻の希望で北海道・美瑛に東京から移り住んだ夫婦を中心にした大人のメルヘン、あるいはファンタジーといっていい。

 そう表現した理由は後で書くが、美瑛の自然美が何より心に沁みた映画だ。 この映画は、米国で出版され、日本でも翻訳本が2004年に発売になった『石を積む人』(エドワード・ムーニー・Jr作、杉田七重訳、求龍堂)を、映画『釣りバカ日誌』の14作目から最終作(20作)まで監督を務めた朝原雄三が脚本を書き、メガホンもとった作品だ。

 原作はこんなストーリーだった。

《残りの人生でやり残したことをしようと決めた老夫婦(夫は元教師)のうち、妻の願いはやりかけの石塀を完成させることだった。夫はその願いを聞いて、一人で石塀造りを始める。だが、その途中で妻は倒れ、他界する。妻は家の中に夫あての手紙を残していた。そこには夫への愛を伝えるものや、若者に手を差し伸べてほしいという希望も含まれていた。夫は妻の願いを受け入れ、偶然知り合った若者たちとひたすら石塀造りに打ち込む》(石を積む人より)

 映画は美しい自然で知られる北海道の美瑛を舞台に、原作の石塀造りをテーマに一組の夫婦の物語を展開していく。妻(樋口可南子)が病気で亡くなるのも原作と同じ設定だ。だが、その内容はやや現実味に乏しい。

 経営が苦しくて東京・蒲田の鉄工所をたたんだはずの夫婦が、美瑛に新しい家を買い、夫(佐藤浩市)はソファーに寝ころびながら『剣客商売』の文庫本を読むなど、悠々自適の生活をしているのだ。ほかにも首をかしげる設定はいくつかある。 朝原が監督をした『釣りバカ日誌』は、漫画を原作とする現実とはかけ離れた娯楽作品である。

 朝原はその感覚でこちらの脚本も書いたのだろうか。そうした欠点があるにしても、美瑛の四季の映像はやはり雄大で美しく、私はこの映画を大人のメルヘン、ファンタジーとして見ればいいのだと自分を納得させた。 定年退職後、東京から北海道旭川市に移り住んだ知り合いがいる。

 この映画を見ていて、この知り合いのことを思い出した。彼は美瑛にも近い旭川市の郊外に映画のような木造の家を建て、暮らしている。東京で生まれ育った奥さんは旭川への移住をためらい、知り合いが移住してから数年後にようやく決心して夫の元へ行った。だが、その時には奥さんは病に侵され、移住して数カ月でこの世を去った。

 知り合いは現在一人暮らしを続けている。だが、彼には多くの友人がいて、奥さんを亡くした寂寥感を埋めてくれたという。北海道の人は「陽気で人なつっこい」といわれ、よそ者でも受け入れてくれたのだ。

 一方で、新聞の投書欄には熊本に移住して50年になるのに、いまだよそ者扱いを受けているという87歳の高齢者の投書が載っていた。地域には地域の特性や慣習があることがこの投書から読み取れる。 先ごろ、日本創世会議が首都圏に住む高齢者を地方に移住させるべきだという提言を出した。

 今後、首都圏で急速に高齢者が増加し、高齢者向けの介護施設が足りなくなる恐れがあるというのが理由である。口で言うのは簡単だが、年老いてから地方へ移住するという選択は難しい。現実はこの映画のような、いい人たちだけの世界とは違うからだ。