小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1356 福美ちゃんへ 《悲しみを経て》

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 街路樹の中で特に存在感があるのはけやきである。いまの季節はけやきの緑の葉が目に優しく、その緑に見守られるようにして子どもたちが陽光の中を歩いている。その姿を見て、ふと「福美ちゃん」のことを思った。

 私は福美ちゃんとは面識がない。だが、福美ちゃんは私の心の中で大きな位置を占め続けている。子どもたちの姿を見て深層心理が働き、福美ちゃんのことを知った日のことを思い出したのだろうか。

 私が福美ちゃんを知ったのは、千葉市幕張メッセで開催されていた「小児がんと闘う子どもたちの絵画展」(主催・財団法人がんの子供を守る会)でのことだった。5年半前の2009年11月のことだ。

 この絵画展で私は「石川ふくみ相談会」と書いてある1枚のポスターに目を奪われた。急性の白血病で入院していた静岡県伊東市の石川福美ちゃんが、入院した病院でさまざまな悩みごとの相談に乗ったときのポスターである。

 ポスターには「皆さん悩みってどこで作るのでしょう。知ってますか、それは心と気持ち!たった2つの見えないものがそんないやなものを作ってしまうのです。時によってうれしい幸せを運ぶことも、どんな悩みがあっても隠さずに言ってください。悩みを1つ抱えると、10個、20個、悩みが増えますよ。人生1つ、命1つ、悩みや困ったことを抱えて生きるのはもったいない。せっかくもらった命だから、楽しく、悩みや困ったことのない人生に」と書いてあり、寄せられた相談に福美ちゃんがけっこう楽しい回答をしていることも記されていた。

 小児がんの子供の母親の相談。「お金が貯まらなくて困っているの」——答え「バスに乗ったつもりで歩き、つもり貯金をしましょう」

 がん病棟の医師の相談。「仕事が忙しくて困っています」——答え「高い給料をもらっているのだから、忙しくて当たり前。文句を言うな」

 同じく看護師の相談。「犬が夜吠えてうるさくて困っています」——答え「昼間ずうっと運動させて絶対に休ませなければ、夜は疲れて眠るから吠えません」

 福美ちゃんのポスターの隣には、同じ部屋にいた結城桜ちゃんの「ふくちゃんおうえんしてるよ」という絵が展示されていた。桜ちゃんは福美ちゃんが骨髄移植のため無菌室に入る際、激励のためにその絵を描いたという。

 同じ部屋で時間を過ごした2人は退院することができず、短い生涯を閉じる。福美ちゃんは8歳11ヵ月、桜ちゃんは6歳6ヵ月でこの世を去った。 2人がもし生きていれば、青春真っ盛りの輝く時代を送っていたはずである。生きていてほしいというご家族の願いにもかかわらず、福美ちゃん、桜ちゃんらは旅立ってしまった。この世では命を粗末にする人が数多く存在するだけに、運命の残酷さを感じる。

《悲しみ》という題がついたハイドン交響曲「44番」をCDで時々聴く。ハイドン自身が気に入っていて、自分の葬式に演奏してほしいと語っていたと伝えられる曲で、1809年、ドイツ・ベルリンでのハイドンの追悼祭で第3楽章が演奏されたという。この曲を聴いていると、深い悲しみ、喪失感を味わった福美ちゃんらのご家族の心情が伝わってくる。

 だが、バレンボイム指揮、イギリス室内管弦楽団の演奏は悲しみを乗り越え、生きてほしいという思いも感じることができる。だから私自身は、この曲に《悲しみを経て》という題をつけている。

心に残る福美ちゃんの絵 小児がんの子どもたちの絵画展にて

心の中で輝く2人の少女 小児がんで逝った福美ちゃんと桜ちゃん

けなげな子どもたち 小児がん患者の絵画展で涙

夕焼けの雲の下にいる福美ちゃんへ あるコメントへの返事