小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1289 hana物語(31) つぶやき8

画像「連休のわが家は hanaのつぶやき」

 世間ではゴールデンウイークという連続した休みが続いています。ふだん家にいない「お父」がこのところ、毎日私の相手をしてくれます。朝だけでなく夕方の散歩も付き合ってくれますが、夕方はやや苦痛です。

  ママは、私の言うことを何でも聞いてくれるので散歩も楽しいのですが、「お父」はそれを許さず、私が行きたい方向に向かうとするとすごい力でリードを引っ張るのです。

  でも、きのうは楽しい一日を送ることができました。「お父」の運転する車で茨城県笠間市まで行ったからです。私は車に乗るのがうれしくてしようがないのです。後ろの座席に乗って、窓から体半分を出して、外を見るのが癖になっています。「お父」は「暴走族みたいだ。やめなさい」と注意しますが、なかなかやめられません。

  この日は、ママとちーちゃんが一緒でした。笠間は焼き物の街です。毎年連休に陶炎祭という焼き物市が、市の郊外にある芸術の森公園で開かれているのです。ことしで28回目だと「お父」はママに話していました。私の家族はこの祭りに最初のころからほとんど行っているそうです。6歳の私もこの祭りに行くのは5回目になります。

  公園のイベント広場が会場なのですが、陶器を売る店が年々増えています。買い物客も多くなりました。人でごった返す会場に私も一緒に行くのですが、リードを持つのは「お父」です。ふだん、こんな大勢の人を見たことがない私は、つい興奮して「お父」を引っ張るように歩きます。

 「お父」は私の力に負けないようリードを腰に巻いて歩きます。それにはかなわず、私は仕方なく大人しい犬のふりをして歩調を合わせます。人ごみに疲れた私を見た家族は順番で日陰に入って私を休憩させました。最初はちーちゃんが担当です。ママと「お父」が店をのぞいている間、ちーちゃんは文庫本を読みながら、私の頭を撫でてくれました。

  続いて「お父」が替わりました。そこへ母娘らしい2人が来て、私を懐かしそうな顔をして見つめるのです。「うーん、ゴールデンだ。この毛のふさふさ具合がいいのよね」「この犬の方が優しいよね」と2人はしゃべり続けるのです。

 「お父」との会話を聞いていると、この2人はやはり母娘で、可愛がっていたゴールデンが14歳で亡くなりました。その後でラブラドールレトリーバーを飼ったのですが、とてもやんちゃだそうです。だから、私を懐かしんでくれたようで、2人はけっこう長い間体を撫でてくれ、別れるのも辛そうでした。

  この後、もう1組の家族(女性2人と男性1人)も私を見ると駆け寄ってきました。「触っていいですか」と聞いて、「お父」の了解をもらうと女性2人は抱きつくように私に近づきました。私が尻尾を振ると、2人はうれしそうに私の体に触るのです。男性もニコニコしながら近づき、そうっと私に触れました。女性は私の名前を聞くと「ハナちゃん」と、興奮気味に声を掛けてくれました。この人たちの家でもゴールデンを飼っていたそうですが、10歳の誕生日を目前にしてがんで死んでしまったそうです。

 「ハナ」という名前はこの人たちの家の犬と同じ名前だったようです。この家族は、私を見て自分の家のハナを思い出したのでしょうか。先ほどの2人の女性以上に私を抱きしめてくれたのです。別れるとき、彼女たちは「ハナちゃん」と呼んでくれました。私はうれしくなりました。人ごみは嫌いですが、ゴールデンレトリーバーを愛してくれる人たちがこんなにいることを知ったからです。

 でも、子どもはやはり苦手ですね。「お父」と日陰で休んでいたら、小学生くらいの子どもたちがやってきました。女の子が4人と男の子が1人でした。女の子は体を触っても優しいので我慢できました。でも、男の子はしつこいのです。お腹の方まで何回も触るので、嫌になった私は威嚇するため、低い声で「ウー、ワン」と吼えました。びっくりした男の子は後ずさりしながらも、私の尻尾の先を踏んでいました。「お父」は小さな声で「何てやつだ」と言い、にらんでいました。

  そんな人間との接触で、私は帰りの車で疲れ切ってうとうとしていました。隣には大好きなちーちゃんが眠っています。私の頭はいつの間にかちーちゃんのひざの上に乗っていました。それは、私にはとても大事な時間でした。「お父」とママは、新型インフルエンザのニュースを聞きながら「世界的な大流行にならなければいいよね」「日本で感染者が出るのは時間の問題なのかな」などと話しています。ニワトリや豚からインフルエンザが人間に移る時代です。私たち犬は大丈夫なのでしょうか。(2009・5)

 「冷静なおじいちゃん先生 私の日記から」

 蒸し暑い日が続き、10日には東京の最高気温は30・3度を記録した。夕方、少し早めに7歳になったhanaの散歩に出た。

  なるべく日陰を選んで歩いた。1時間近く散歩をして、家に近づいたところで、hanaの様子がおかしくなった。急に吐き気をもよおし、途中で飲んだ水や胃の内容物を吐き出したのだ。家に帰ってもそれを2回繰り返した。犬にも熱中症があるという。慌てて動物病院に連れて行く。

 顔見知りになったおじいちゃん先生は、冷静だ。5月にやった血液検査のカルテを見ながら「この子は胆のうが少し弱くなっているという数字が出ているね。肝臓にも影響している。暑い時間帯に散歩したので体力が弱って吐いたんでしょう」という。「熱中症」という言葉は出さないが、その症状が出たようだ。

  おじいちゃん先生の説明は続く。「ゴールデンレトリーバーは、寒さには強いが夏の暑さは大敵だ。毛は長いうえに汗をかくことができない。胆のうと肝臓が少し弱っているので、脂っこいものは決して食べさせてはいけない」そんな話をしたあと、体温を測る。38度。平熱だという。そのあとに注射を2本。犬は診察台の上でじっと我慢をしている。

 日本の夏、犬たちは人間以上につらいのかもしれない。地球温暖化によって、そのつらさは増す一方のようだ。この季節の過し方は難しい。

  私も以前、軽い熱中症になったことがある。その気分の悪さを思い出して、犬も苦しいだろうなと、申し訳ない気持ちになった。犬は強い動物であるはずだが、動物病院の繁盛ぶりを見ていると、そうでもないことが分かる。ジャック・ロンドンの小説「荒野の呼び声」の主人公のバックという犬は過酷な自然の中で生き抜くが、ペットとして人間とともに暮らす犬たちは本来の強靭な生命力が弱くなっているらしい。

  同じゴールデンレトリーバーが野犬になってしまったのを見たことがある。飼い主がドライブに遠くまで連れて行き、ふとしたはずみでリードが抜け、逃げてしまった。すぐに戻ってくると思っていたらしいが、犬は飼い主の車には戻らず、野犬になってしまった。

  この犬は飼い主と別れた周辺一帯を根城にして、強い生命力を発揮した。民家近くに姿を見せるが、住民が餌を与えても、警戒心が強く決して口にしない。保健所の人たちが捕獲しようとしたが、成功しない。この犬種は、人懐こいはずだが、人間に近寄ろうとしないのは、危害を加えられたことがあるからなのかもしれない。

  餌はどこで得ているのか、それを知る人はいない。住民たちは近くに大型の養鶏場があるので、時々ニワトリを狙って食べているのかもしれない、などとうわさをしているが、真偽のほどは分からない。野犬になっても、その犬は美しい毛並みを保っていた。(2009・7)

  32回目へ