小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

929 芥川の小説作法十則 文芸中の文芸は詩

 「共喰い」という作品で芥川賞を受賞した田中慎弥の、斜に構えた受賞後の会見が話題になっている。

  女優のシャーリー・マクレーンアカデミー賞に何回もノミレートされた後にやっと受賞した際「私がもらって当然」と話したことを引用して「大体そういう感じ」という感想を不機嫌そうな顔で話し、選考委員の石原慎太郎都知事が候補作品を「バカみたいな作品ばかり」と酷評したことに対し「都知事閣下と都民各位のためにもらってやる」と発言をした。

  彼の言動は強い印象を与えたが、芥川龍之介が残した「小説作法十則」を読むと、田中の言動が何となく理解できる。

  以下は十則の要点。

  1、小説はあらゆる文芸中、最も非芸術的なるものと心得べし。文芸中の文芸は詩あるのみ。即ち小説は小説中の詩により、文芸の中に列するに過ぎず。従って歴史乃至伝記と実は少しも異る所なし。

  2、小説家は詩人たる以外に歴史家乃至伝記作者なり。

  3、詩人は常に自己の衷心を何人かに向かって訴ふるものなり。

  4、小説家的才能は前に挙げた三条により、詩人的才能、歴史家的乃至伝記作者的才能、処世的才能の三者に帰着すべし。小説家たらんとするものは自動車学校を卒業せざる運転手の自動車を街頭に駆るがごとし。一生の平穏無事なるを期すべからず。

  5、既に一生の平穏無事なるを期すべからずとせば、体力と金銭と単身立命とに頼まざるべからず。

  6、然れども若し現世にありて比較的平和なる一生を送らんとせば、小説家は如何なる才能よりも処世的才能を鍛錬すべし。

  7、文芸は文章に表現を託す芸術なり。従って文章を鍛錬するはもちろん小説家は怠るべからず。

  8、一時代に於ける一国の小説はおのずから種々の約束のもとにあり。小説家たらんものは努めてこの約束に従ふべし。

  9、小説家たらんとするものは常に哲学的、自然科学的、経済科学的思想に反応することを警戒すべし。

 10、あらゆる小説作法は黄金律(内容が深遠で人生にとってこの上なく有益な教訓)にあらず。この「小説作法十則」の黄金律ならざるも勿論なり。所詮小説家になり得るものはなり、なり得ざるものはなり得ざるべき乎。

  1の「小説はあらゆる文芸中、最も非芸術的なるもの。文芸中の文芸は詩あるのみ」という指摘が面白い。1991年に「自動起床装置」で芥川賞を受賞した辺見庸は近年、中原中也賞(2011年)、高見順賞(2012年)と連続して詩の分野の文学賞を受賞している。辺見以外では三木卓高見順賞と芥川賞を、川上未映子中原中也賞芥川賞を受賞している。芥川龍之介より4歳下の宮沢賢治は現代でも読み継がれる多くの童話と詩を書いている。

  いずれにしても、文芸中の文芸は詩なのである。