小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

493 年金運用の赤字 いつもと違う夏

「私たちは、年金積立金の安全かつ効率的な管理・運用に努め、年金制度の運営の安定に貢献します」。年金積立金管理運用独立行政法人のホームページにはこのような言葉が並んでいる。安全と効率的は実は矛盾している。

 「二兎を追うもの一兎も得ず」なのだ。その結果は、厚生労働省社会保険庁が発表した年金特別会計の2008年度収支決算で明らかだ。何と、サラリーマンが加入する厚生年金で10兆1795億円、自営業者らの国民年金で1兆1216億円のそれぞれ過去最高の赤字となったというのである。

  国民から集めた年金積立金を厚生労働省の委託で運用しているのが年金積立金管理運用独立行政法人だ。この法人は、天下りの役人で構成され、実際の運用は金融機関が代行している。「リーマン・ショック」以来の金融危機によって、国民から集めた資金運用に失敗したのが原因だ。

 「失敗」とは発表した国も言わないし、メディアも書かないだろう。しかし、失敗したのである。新聞などによると、年金の給付は保険料と国庫負担で賄っているので、単年度の赤字がすぐに給付に影響はしない。厚生労働省も「将来的にも負担と給付のバランスは保たれる」と説明しているという。

  この運用に対し「ばくち説」もある。経済状況がいいときには市場運用も間違いない。だが、現在のように金融危機の情勢下にあっては、マイナスに転じるのは自明の理だ。今回の金融危機は100年に1度なのだから、マイナスになっても心配はないという見方もあるが、赤字の幅が大きすぎ、取り返すのは容易ではない。その結果、近い将来給付水準が下がる可能性だってなきにしもあらずなのだ。

 それだけではない。年金に対する受給者の不安感は増幅し、若い世代は不信感を募らせるのではないか。これに対し政治家や役人はどう答えるのだろう。

  いま日本社会は不透明感が充満し、さわやかさが失われつつある。行き帰りの電車で乗り合わせる人たちは疲れた表情が目立つ。楽しそうに語らう姿は最近あまり見かけない。そんな時、つい自分の顔も同じなのだろうかと思う。

  毎朝、犬の散歩をしていて、何人かと「おはようございます」とあいさつをする。会社を定年になったと思われる人たちはさわやかな顔をしている。もちろん、わたしもそんな顔をしているはずだ。だが、こんな年金のニュースが流れると、あの人たちの顔まで曇ってしまうのではないかと心配する。8月。いつもの夏と様子が違う日々が続いている。

(追記 8月27日に発表になった今年4~6月期の運用結果は、4兆4921億円の黒字だった。黒字は昨年同期以来1年ぶりで、本格的に市場運用を始めた01年度以来、四半期ごとの黒字額としては過去最高。利回りは4・85%。08年度の市場運用は9兆6670億円の赤字だったが、ほぼ半分を取り戻した形だ。共同通信の報道より)