小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

2037 8月6日の風景 「戦争の記憶は抜歯のきかぬ虫歯」

午前8時15分。南側の窓を開け、1分間の黙祷をする。温度計は29度(湿度76%)まで上がっている。76年前のこの時間、広島に原爆が投下された。人類に向けられた初めての大量破壊兵器は、おびただしい生命を一瞬にして奪った。テレビではNHK地上…

2033 ドラマチックな五輪の人間劇 負の側面目立つ東京大会

市川崑の監督による記録映画『東京オリンピック』が完成したのは、五輪開催から4カ月経た1965年2月末だった。しかし、オリンピック担当大臣だった河野一郎や文部大臣、愛知揆一らの「記録性を無視したひどい映画」(河野)、「この映画を記録映画とし…

2032 闇深き国際事件に挑む 春名幹男『ロッキード疑獄  角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』

私にとって、ロッキード事件は記者活動の第二の原点だった。記者としてのスタートは東北・秋田であり、その後仙台を経て社会部に異動した。間もなくこの事件がアメリから波及し、末端のいわゆるサツ回り記者として、かかわることになった。春名幹男著『ロッ…

2029『星の王子さま』作者の鮮烈な生き方 佐藤賢一『最終飛行』

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900~1944)といえば『星の王子さま』の作者として知られるから、多くの人は童話作家だと思うかもしれない。もちろんこの童話はサン=テグジュペリの代表作といえるだろうが、それだけでなく『夜間飛行』や…

2028 梅雨の終わりに想像の旅 青森キリスト伝説の村へ

横光利一の『梅雨』(河出書房新社『底本 横光利一全集第13巻』)という文章を読んだ。戦前の1939年に書かれた短い随筆だ。前年の梅雨について触れ、曇天が続いたこと、鶯が庭の繁みで鳴き続けていること、青森経由で北海道に行ったことなどが書かれて…

2025 出会いの瞬間に生れた悲劇の種 小池真理子『神よ憐れみたまえ』

「どんな人生にも、とりわけ人生のあけぼのには、のちのすべてを決定するような、ある瞬間が存在する。ジャン・グルニエ/井上究一郎訳『孤島』」。この本のエピグラフである。この引用文は何を意味しているのか。私はこれまでエピグラフを注目して読んだこと…

2024 連続幼女誘拐殺人事件の闇に挑む記者  堂場瞬一『沈黙の終わり』

知人から電話があり、4月に出版された本について話題になった。私もこの本を読んでいたから、知人との話が弾んだ。知人が話題にしたのは堂場瞬一の『沈黙の終わり』(角川春樹事務所)という上下の長編小説だ。作家デビュー20周年を飾る力作といっていい…

2021 リトマス試験紙的存在の五輪 人が生き延びるために

「馬の耳に念仏」ということわざは「馬を相手にありがたい念仏をいくら唱えても無駄。いくらよいことを言い聞かせてもまるで理解できないからまともに耳を傾ける気がなく、何の効果もないことのたとえ」あるいは「人の意見や忠告を聞き流すだけで、少しも聞…

2018 五輪は滅亡への道か 極度な緊張を強いられる東京

コロナ禍によって世界が混乱に陥っている中、1年延期された東京五輪・パラリンピックの開催が迫ってきた。「安心・安全な大会を目指す」という言葉が開催当事者から繰り返されても、中止を求める声は根強い。作家の沢木耕太郎は、1996年の米アトランタ…

2017 優しい眼差しで紡ぐ言葉 詩人たちとコロナ禍

現代に生きる私たちにとって逃げることができない重い存在は、コロナ禍といっていい。この1年半、この話題が果てしなく続く日常だ。それは詩人にとっても無縁ではなく、最近、手元に届いた詩誌や小詩集にもコロナ禍が描かれている。この厄介な感染症が収束…

2016 「苦しんでいても微笑みを」『今しかない』(2)完

「ユーモアとは、にもかかわらず笑うこと(Humor ist,wenn man trotzdem lacht)」。これはドイツ語のユーモアの定義で、2020年9月6日、88歳で亡くなった上智大名誉教授アルフォンス・デーケンさんの講義で聞いたことがあります。デーケンさんは日本…

2015「笑顔を取り戻そう!」『今しかない』第3号から(1)

長引くコロナ禍によって、世の中から笑顔が消えてしまったようです。日々のニュースは暗い話題ばかりだと感じます。そんな時、『今しかない 笑顔』という小冊子が届きました。友人もボランティアとして運営に協力している埼玉県飯能市の介護老人保健施設・飯…

2013 地球の気候変動への処方箋? 斎藤幸平著『人新世の「資本論」』

「人新世」(じんしんせい、ひとしんせい=アントロポセン)は、地球の時代を表す名前の一つで、環境破壊などによる危機的な状況を表す言葉として使われる。オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したオランダ人化学者、パウル・クルッツェン(1933…

2010 責任転嫁の時代 「小人は諸(これ)を人に求む」

今、政界である出来事が話題になっています。それは「責任転嫁」という言葉を見事に体現したニュースです。「矜持」とは無縁の動きを見ていてあきれたのは私だけではないでしょう。2019年参院選の買収事件で自民党本部から河井克行被告と案里氏の夫妻側に渡…

2008 世界が問われる力試し『岸恵子自伝』から

「世界を覆うコロナ・ウイルスが世の中をどう変えるのか、人間の力試しが答えを出すのだろう」……これは、女優で作家、国際ジャーナリストの岸恵子さんが自伝『岸恵子自伝 卵を割らなければ、オムレツは食べられない』(岩波書店)の中で、コロナ禍に触れた一…

2004 酒がうまいのは二重の不幸か 山頭火は路上飲みの大先輩?

コロナ禍によって緊急事態宣言やまん延防止重点措置が出ている中で、酒の路上飲みがニュースになっている。酒がうまいから居酒屋が営業していなくとも、集団で路上飲みをしてしまうのだろうか。民俗学の柳田國男(1875~1962)は「酒の味が非常に好…

1999 あるジャーナリストの短い生涯『そして待つことが始まった 京都 横浜 カンボジア』を読む

20世紀は「戦争の世紀」といわれた。第1次に続く第2次世界大戦終結後も、世界の戦火は消えない。このうちアジアが戦場になったベトナム戦争、カンボジア紛争(内戦)では多くの記者たちが命を落とした。この中に共同通信社の石山幸基記者も入っていた。…

1998 新緑の季節がやってきた ブレイク「笑いの歌」とともに

特権をひけらかす テムズ川の流れに沿い 特権をひけらかす 街々を歩きまわり ゆききの人の顔に わたしが見つけるのは 虚弱のしるし 苦悩のしるし (寿岳文章訳『ブレイク詩集』「ロンドン」岩波文庫) この短い詩を書いたのは、イギリスの詩人で画家、銅版画…

1986 渚に燃やせかがり火 永遠の海への祈り

「大島」と聞くと、多くの人は伊豆大島か奄美大島を思い浮かべるかもしれません。2つの島に比べますと、福岡県宗像市の大島、山口県の周防大島(屋代島)、宮城県気仙沼市の大島は「知る人ぞ知る大島」といえるでしょう。気仙沼の大島は東日本大震災の被災…

1981 自転車に乗るうれしさと怖さ 朔太郎の「日記」から

私は雨の日を除いて1日に1回は自転車に乗る。いつ覚えたかは忘れたが、もう長い付き合いだ。窓の外に見える遊歩道でも、自転車が散歩の人たちの脇をすいすいと進んでいる。大人から子どもまで自転車はこの街の風景に溶け込んでいる。時々、詩人の萩原朔太…

1974 広辞苑で学問のさびしさ知らず 歌集『わが定数歌』を読む

「学問のさびしさは知らず広辞苑読み了(お)へにける夏九十日」 私は若い時代、秋田市で暮らした。この短歌の作者、三浦右己さん(本名・祐起)は当時、秋田の支局長で、とても怖い、人生の師でもあった。 いつも新刊書を抱え、文章に厳しい人で歌人でもあ…

1970 散歩途中考えること 不可思議な世論調査

ここ1年私の散歩コースでもある遊歩道で平日、散歩やジョギングする人が少なくない。コロナ禍が影響していることは間違いないだろうと思われる。散歩は「(行く先・道順などを特に決めることなく)気分転換・健康維持や軽い探索などのつもりで戸外に出て歩…

1968「民衆をなめるな」 コロナ禍の日常の中で

「『民衆をなめやがって……』私はテレビの画面に見入りながら、何度も胸のなかで呟きました。この国は民衆を侮辱する国だと思いました。これほど民衆から誇りを奪って平気な国はない、と」。阪神・淡路大震災から昨17日で26年が過ぎた。同じように、民衆…

1966 今の日本に必要なものは 半藤一利が残した言葉

今の日本に必要なのは何か? 12日に90歳で亡くなったノンフィクション作家の半藤一利は、『昭和史 戦後篇』(平凡社)で5つの項目を挙げている。コロナで後手、後手に回る政府の対応策を見ていると、そのほとんどが欠けているように思えてならない。そ…

1964 1年前の不安が現実に 文明人と野蛮人の勇気の違い

新型コロナウイルス感染症の発生地といわれる中国武漢市が封鎖になったのは、2020年1月23日だった。あれから間もなく1年になる。私がこのブログで新型コロナのことを初めて書いたのも、この日だった。当時のブログを読み返すと、「新型コロナウイル…

1960 潔癖症を見習おう 鏡花の逸話を笑ってはならない

明治から昭和初期に活躍した作家の泉鏡花(1873~1939)は、『高野聖』や『婦系図』など、幻想的な作品を発表した。もし、鏡花が現代に生きていたら、コロナ対策の大家になっていたかもしれないと、想像する。鏡花は病的といえるほど、不潔を嫌う潔…

1955 2020年の読書から 2人の女性作家の伝記小説

日本の新刊本は、年間約7万2000部(20019年、出版指標年報)発行されている。多くの本は書店に並んでも注目されずに、いつの間にか消えて行く運命にある。新聞の書評欄を見ても、興味をそそられる本はあまりない。というより、慌てて買わなくとも…

1954 コロナに負けない言葉の力 志賀直哉と詩誌『薇』と

コロナ禍の日々。時間はたっぷりある。考える時間があり余っているはずだ。だが、世の中の動きに戸惑い、気分が晴れない日が続いている。そんな時、手に取った志賀直哉の『暗夜行路』の一節に、そうかと思わせる言葉があった。その言葉は、私たち後世に生き…

1953 小説を読む楽しみ 開高健の眼力

「小説は無益であるからこそ、貴重である。何もかもが、有効であり、有益であったならば、この世はもう空中分解してしまう」。ベトナム戦争取材記や釣り紀行で知られる作家の開高健(1930~89)の小説に対する見方((大阪市での教職員対象の講演録・2…

1948 世界が疫癘に病みたり デフォーが伝えるペスト・パニック

ロンドンが疫癘(えきれい)に病みたり、 時に1665年、 鬼籍に入る者(注・死者のこと)の数(かず)10万、 されど、われ生きながらえてあり。 H.F. ダニエル・デフォー著/平井正穂訳『ペスト』(中公文庫)は、この短い詩で終わっている。 「疫癘」は…